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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)81号 判決

原告・控訴人 高野宇三郎

被告・被控訴人 大阪国税署長

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人に負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和三三年八月二六日付で為した控訴人の昭和三二年分所得税に関する審査請求を棄却するとの決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

控訴人が請求の原因として陳述した事実の要旨は、「控訴人は妻菊江と婚姻生活を営んでいる者であるが、その昭和三二年分所得税の確定申告に際り、控訴人名義で取得した同年中の総所得のうち給与所得一六五、六〇〇円、事業所得四五九、二〇〇円は妻が家庭にあつて家事労働を為す等妻の協力によつて得たものであるから夫婦が各自に平分して帰属するものと思料し、控訴人の所得を右の半額とし、これに配当所得一一九、八〇〇円を加算した四三二、二〇〇円を控訴人の総所得として所轄東住吉税務署長に確定申告書を提出すると共に妻菊江もまた右給与、事業各所得の半額をその所得として同様確定申告書を提出した。然るに同署長は右妻菊江の申告を無視しその申告額を控訴人の所得と認定し控訴人の申告額に加算しその合計額七四四、六〇〇円を控訴人の所得金額とする旨の更正決定を為すとともにその為の増額分に対する過少申告加算税三四〇〇円を決定しその各通知はいずれも昭和三三年六月一八日控訴人に到達した。控訴人はこれを不服として同年七月七日被控訴人に対し審査の請求をしたが、被控訴人は同年八月二六日附でこれを棄却する旨の決定を為しその通知はその頃控訴人に到達した。然しながら右決定は夫がその名義で得た所得は全部夫に帰属し、妻には全く帰属しないとするものであつて、以下述べるとおり憲法第二四条第三〇条に違反するものである。そもそも人間が他の生物と異るのは自覚に恵まれる点にあり、自覚とは自他を知り自らの生命の創造と幸福を実現することである。そうして夫婦の関係とは夫と妻が右実現のために互に協力することをいうのであり、これによつて現代に見られる文化が建立構築せられたのであつて、夫婦は社会、国家の絶対的単位一である。このようにして夫婦一はそれ自身の生命と幸福のために働き、その働く力は一心同体夫婦一の一つの力であり、従てその成果たる所得は夫婦一に帰属する全体の一であること多言を要しない。純一無雑夫婦固有の所得である。その所得の処分、利用等は唯夫婦相互の了解と信頼によつてのみ行われる。ここに了解、信頼とは、専制と隷従、圧迫と偏狭から解放せられた真の平和的にして自由の意であつて結局互の自主性を尊敬しあう各自の自主性に自覚することである。かくて夫の所得といい妻の所得というのもいずれも夫婦の所得全体の一に由来るものであるが、この相互の絶対一の力の創造した成果一たる夫婦の所得を或る事情、本件の場合についていえば夫と妻とが社会人として又国民として社会又は国への必須の供出としての税の必要の下に、夫々の所得を定めるとなれば、互に了解の上で等分するのが当然である。若しそれ、夫婦財産制に関する民法第七六二条第一項を根拠として、被控訴人の本件決定の如く、夫がその名で得た所得が総て夫の所得となるものとすれば、背後に妻の努力と信頼のあるのを忘れたものであつて、夫婦という基本的人倫関係を抹殺し妻をして経済的に「三界に家なし」ならしめるものに外ならずその反憲法的たるや明白であり、この点において右民法第七六二条第一項ならびに現行所得税法は憲法第二四条に反するものである。以上のとおり被控訴人の為した本件決定は憲法に反するものであるからその取消を求めるため本訴に及んだものである。」というにあり、被控訴代理人は答弁として、「控訴人主張の事実のうち、控訴人がその妻菊江と婚姻生活を営んでいる者であること、その昭和三二年分所得税につきその主張の如き確定申告書を提出し、その妻菊江もまた控訴人主張の如き確定申告書を提出したこと、東住吉税務署長がこれに対し控訴人主張の如き更正決定及び過小申告加算税の決定を為し控訴人に対しその主張のとおり通知したこと、これに対し控訴人からその主張のとおり被控訴人に対し審査請求があり、被控訴人が控訴人主張のとおり右請求を棄却する旨の決定を為しこれを控訴人に通知したことは、いずれもこれを認めるが、右決定が憲法に違反する旨の控訴人主張はこれを争う。右決定は何等違法がないから、被控訴人の本訴請求は失当である。」と陳述した。

証拠〈省略〉

理由

控訴人がその妻菊江と婚姻生活を営む者であること、その昭和三二年分所得税の確定申告に際り、控訴人名義で取得した同年中の給与所得一六五、六〇〇円及び事業所得四五九、二〇〇円の半額を自己の所得とし、これに配当所得一一九、八〇〇円を加算した合計額四三二、二〇〇円を控訴人の総所得として所轄東住吉税務署長に対し確定申告書を提出するとともに控訴人の妻菊江も右給与、事業の各所得の半額をその所得として同様確定申告書を提出したこと、これに対し同署長は右菊江の申告分を控訴人の所得と認定し控訴人の申告分に合算しその合計額七四四、六〇〇円を控訴人の所得金額とする旨の更正決定及びそのための増額分に対する過少申告加算税三、四〇〇円の決定を為し昭和三三年六月一八日控訴人にその通知をしたので、控訴人からこれを不服として同年七月七日被控訴人に対し審査請求をしたところ、被控訴人から同年八月二六日附で右請求を棄却する旨の決定があり、その頃右決定が控訴人に通知せられたことは、いずれも当事者間に争がない。

控訴人は右被控訴人の本件決定を憲法に違反するものとしてその取消を求めるのであるが、右決定は前記のとおり控訴人がその所得を四三二、二〇〇円と申告したのに対し東住吉税務署長においてこれを七四四、六〇〇円と更正する決定をするとともにこれに伴う過少申告加算税の決定をしたのを是認したものであり、従つてこの決定により是認せられた更正処分のうち四三二、二〇〇円を超えない部分は、控訴人自らその所得を右四三二、二〇〇円と主張し従つてこの範囲においてはその所得あることを自認する(控訴人は、その所得が右金額であることを認めるのは、その妻菊江の所得が控訴人主張のとおりであることと不可分の関係にあり、これを切離しては控訴人の所得が右金額であることを認めることにはならない、と主張するようであるが、それは後記のように当裁判所の採用しない控訴人独自の見解であるのみならず控訴人の所得がその主張のとおりであるか将又被控訴人主張のとおりであるかが本件の争点たることに差異はない。)から、控訴人においてその取消を求めるにつき訴の利益がなく、控訴人の本訴請求中右の部分は不適法として却下を免れない。

よつてその余の部分即ち被控訴人が本件決定により是認した前記更正処分のうち控除人の自認する四三二、二〇〇円を超える三一二、四〇〇円の部分及びこれに基く過少申告加算税の決定の部分、に対する取消請求について判断する。民法第七六二条第一項によると夫が婚姻中その名で得た財産は夫の特有財産となるものであるところ、右三一二、四〇〇円の所得も控訴人がその名で得たものであることは控訴人が自ら主張するところがあるから、前記民法の規定に従えば右所得はこれを控訴人の所得と為すべきこと明らかであり、而して所得税は所得のある居住者(所得税法第一条の居住者をいう。)につきその所得の全部に対し課するものであること所得税法の明定するところであるから、右所得を控訴人のものとする被訴人の本件決定は正当であつてこれを妻菊江の所得であるとする控訴人の主張は失当といわねばならない筋合である。

この点に関し控訴人は右民法第七六二条第一項及びこれに基く現行所得税法は憲法第二四条第三〇条に違反し従てこれらにより為された被控訴人の本件決定もまた違憲であるとなしその理由を縷々陳述する。然しながら憲法第二四条において「婚姻は夫婦が同等の権利を有することを基本として相互の協力により維持されなければならない」、「婚姻に関しては法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」、と規定しているのは、男女の両性が本質的に平等であるが故にその間に法律上何等の差等を設けることを禁じ、婚姻においても夫と妻とが法律上平等の権利を享受すべきもので、夫たり妻たるの故をもつてその権利に差異を付することを禁じる趣旨であつて、夫と妻とが常に同一の権利を有すべきことを定めた趣旨でないから、民法第七六二条において夫婦の一方が自己の名で取得した財産はその特有財産とする旨を規定しているのは毫も憲法の規定に違反するものではない。もとより夫婦は同心一体の関係にあるべきもので夫の活動も妻の内助の功に負うこと控訴人所論のとおりであるが、所論は要するに夫婦の道婚姻の倫理を説くものであつて、これがため直ちに法律上夫又は妻がその名で取得した所得の半分を他の配偶者の所得としなければならない筋合のものではないから前記民法の規定を憲法に違反するものとなす控訴人の主張は到底首肯し得ないし、ひいては右民法の規定を前提としてその所得ある者に所得税を課することと定める所得税法も亦憲法第三〇条に違反するものということはできない。

以上の説明のとおりであるから東住吉税務署長が控訴人の昭和三二年分所得税に関し前記のような更正決定並に過少申告加算税の決定をしたのは相当でありこれに対する控訴人の審査請求を棄却した被控訴人の本件決定は正当であり控訴人の本訴請求のうち前記却下を免れない部分を除くその余の部分は失当としてこれを棄却すべきものとする。

そうするとこれと同趣旨に出でた原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条に則り主文のとおり判決する

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

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